JC(LOMのこと)の最近のブログ記事

福生青年会議所のWebとそっくりなWebがあると聞いて確認しました。

真似したか、真似してないか。

どこまでが「真似」で、どこまでが「参考にした」なのか。

判断は個人によって違うと思います。

だから、白黒付けるつもりはありません(できないでしょうけど)。

 

ただひとつだけ、書いておきたいことがあります。

福生青年会議所のWebサイトは09年、私が理事長を務めた年に、時の総務委員長の大山さんが中心となってリニューアルしてくれました。

大山さんはデザインを仕事としている方で、デザインの重要性を誰よりもよく理解し、当時の福生青年会議所のWebに必要なデザインをとことん考えて作られました。

だから、無断でそのデザイン(単に色使いだけでなく、ボタンの位置、コンテンツの配置等々のユーザービリティをすべて含む)を真似する方がいたとすれば、私は決して許すことはできません。

もし、福生青年会議所のWebサイトのデザインを気に入って下さったのなら、どうか大山さんが働く「エア・デザイン」に仕事を依頼して下さい。エア・デザインより安く仕上げるという業者に「福生青年会議所のWebっぽくしてくれ」と頼む行為を私がどうこういう筋合いはありませんが、そういうスタンスは自分の仕事の時間を削って地域のために活動している我々青年会議所運動に対する「挑戦」であると受け止めます。

少々熱くなってしまいました。でも、2009年度の理事長としてどうしても書かずにはいられませんでした。ご理解下さい。


 はい、もう、すみません。単なる回顧録ですね、これ。開き直って書きます。

 この年、私が就いた副理事長という役職は「委員長と理事長の間をうまく取り持つ中間管理職」とでも言いましょうか。実際には委員長経験者がなることが多いので、委員長のアドバイザー的な役割も担うことが多いです。

 さて、初めて「副理事長職」に就いた私ですが、基本的に委員長にすべてを任せ、その方向が理事長の方針とずれてきたときだけ助言しようと考えていました。「結構楽できるかな」と高をくくっていました。
 ところが、いざ始まってみると、委員会が思うように動いていかないんです。地道に積み上げることの大切さを学んだはずなのに、それがなかなか実践できない。執行部会議では「何やってるの?」的な視線を受け、委員会であれこれ指示するもののなかなかうまくいかず、企業の中間管理職と同じく、理事長と委員長の間でもがき苦しんだ一年でした。

 ま、楽しようとしていたんで、バチが当たったんですね。泥まみれになる覚悟がなかったんです。この数年、自分としてはそこそこ苦労をしてきたつもりだったので、今年ぐらいは楽したかったんです。そんな中途半端な気持ちがいろんなところに表れていたんだと思います。傲慢さだったり、押しつけだったり。

 で、精神的に疲れ果ててしまいまして、翌年は財務理事のオファーをいただいたので二つ返事で受けさせてもらいました。委員会メンバーではなく、また、副理事長のように委員会を担当するわけでもない、比較的時間に余裕がある役職です。時の理事長、野島先輩は私の疲れた様子を見て、この役職にしてくれたのでしょう。副専務も兼任してまして、一応総務付きではありましたが、委員会においては必要最低限のことしかしませんでした。実質上、初めての「スリープ」でした。LOMは創立30周年という節目の時だというのにスリープ・・・甘ったれてますね。

 でも、この一年は本当に有り難かったです。いろんなことを考えることができました。JCって一体なんだろう。本当に地域に必要とされているのかな?家族と仕事とどっちが大切なんだろう?これからどこに向かうのか?禅問答のようにたくさんの問いを自らに投げかけ、あれやこれやと考えてみました。時々、そんな思いをメンバーと話して、「なんだ、みんなそう思っているんだ」と安心したり。

 そしてその翌年、再度副理事長を務める機会をいただきました。一年間、自分なりに考えたことがどこまで通用するのかやってみようと思いました。今度は、高みの見物をするのではなく、委員会の一メンバーのつもりで関わろうと決意しました。

 委員長の田村君は初めての委員長職。JCのことは元々あまり好きではないのですが「文句を言う前に一度委員長をやってみてそれから判断しよう」という理由で委員長に志願した珍しい委員長です。
 彼の持論は「楽しくなければJCじゃない」でした。私は「楽しいだけじゃJCにならない」と思っていました。でも、それを押しつけては前回の二の舞ですから、まずはその方向で進んでみようと。どこかで壁にぶつかったときに自分の意見を述べても遅くはないだろうと。

 ただ、委員会だけはしっかりと隔週でおこなうことをお願いしました。不定期ではなく、曜日を決めて、メンバーもなるべくその曜日に合わせるようにスケジュールを調整してくれ、と。成否の鍵は委員会の幹事が握っています。幸いにしてこの委員会には新人ながら抜群の働きをして下さった名幹事がいたんです。それが、岡田君でした。飲み込みが恐ろしく早く、「ということは、ここで委員会を開いて決めておかないとまずいですね」と新人とは思えないような提言をいつもしてくれました。

 田村委員長の「楽しく!」という思いは、次第に委員会に伝わり、出席率も上がり、メンバーのテンションも上がり、ひとつのチームとしてまとまりを見せてきました。余談ですが、この委員会の懇親会は「男祭り」と呼ばれていて、アホみたいに盛り上がるんですが、それもチームの結束を強めたように思います。べろべろに酔っぱらいながも、本当にいい顔している委員会メンバーを見て、「ああ、こういう委員会にしたかったんだよ・・・」と一人感激して泣きそうになっていました。
 
 さて、来年度の理事長についてみんなが気にする時期がやってきました。 ここまで読んで下さった方には、おわかりいただけるかと思いますが、私は理事長になる気はさらさらありませんでした。もう十分苦労したし、修行もさせてもらったし、これ以上、辛い思いはしたくないというのが正直な気持ちでした。
 でも、この委員会で活動しているうちに、なんだかとても自信が湧いたんです。自分の考えはそれほど間違っているわけじゃない。この方向性で福生JCが進んでもいいんじゃないか。
 そして、苦労もひっくるめていろんな経験をさせてもらった福生JCに恩返しをすべき年なのかもしれないとも感じました。こういうと本当に偉そうで反感買うと思いますが、「自分が今まで『嫌だ』と感じた部分を理事長になって改革することで、後輩たちがやりやすいLOMになるんじゃないか。それが恩返しになるんじゃないか」って勝手に思い始めてたんです。ホント、ずうずうしい(^^)。

 4月に第二子が生まれ、カミさんには「正直、もう一年待ってもらえると・・・」と言われましたが、よくよく話し合い、最後は納得してもらい、理事長に立候補することにしました。(つづく)

 この年に私が所属した委員会の委員長は「ドサクレですけどよろしゅうたのんます!」が口癖の、優しくて器の大きい人でした。当初は適当にやろうと思っていたのですが、次第に「この委員長のために一丁やったろう」と思い始めまして、かねてから暖めていた事業の提案をしてみました。

 それは「ドイツのボードゲームを地域の子どもたちに紹介して、ゲームを通じて社会性や協調性を育む」という事業でした。その少し前から私はこのドイツのボードゲームにハマっていまして「これは子どもたちの教育に使える!」と確信していました。テレビゲームと違って、点数も自分で計算するし、ルールも自分で把握しなくちゃならないし、負けてリセットもできないし、とにかく楽しく遊びながらこれほど脳を使い、人間関係も学べるものはないだろうと思ったのです。
 委員長はじめ、委員会メンバー全員がそれに賛同してくれまして、JCに入って初めて「自分のやりたい事業」をやることになったわけです。

 それから、メンバーと一緒に地域の児童館を巡り、子どもたちと一緒にゲームをして宣伝したり、学校にチラシを配付したり、PRできるところはどこにでも出現したりと、とにかく一生懸命この例会をPRしました。今まで正直「面倒だな・・・」と思っていたPR活動でしたが、今回は自分でも信じられないくらいに楽しくて、全くといっていいほど苦になりませんでした。

 さて、そんな中、事件が起こりました。ボードゲームの次に私たちが担当する7月例会の計画が遅々として進んでいなかったのです。委員会もろくに開催できず、事業計画の完成度も低く、理事会で審議を取り下げてもらう有様でした。委員会として勢いはありましたが、うまく歯車がかみ合っていない、そんな状況でした。

 そして3日後にボードゲームの例会を控えた5月の理事会議・・・。予想通り7月例会に対する厳しい意見が並びました。その中の一意見に私の血管がぶち切れそうになりました。

 以下、当時私が理事会後に委員会MLに流した文章をご覧下さい(一部伏せ字)。

「ゲーム『なんか』やってる場合じゃないと言いたい」
という**さんの発言がどうしても許せません。
例会まであと数日というこの時期に、
理由はどうであれ**がすべき発言だとは思えないのです。

7月例会の計画書が不十分だからでしょうか。
委員長所信に合致してないからでしょうか。

もしそうならそのことだけを指摘すればよいわけで、
5月例会を引き合いに出し、しかも「ゲームなんか」呼ばわりするのは、
あまりにも今まで準備してきたメンバー、そして協力してくれた
**さんに対して失礼だと思います。

「ボードゲームなんかつまらん」と思われるのは
個人の自由ですから、別に構いません。

でも、それを理事会の場で、「~なんか」という
明らかに見下すような表現で発言したということが
悔しくて悔しくて仕方ありません。

これも修練だというのなら、
私はもう青年会議所で活動していく自信がないですし、
もっと自分の好きなことで地域貢献ができる手段を
模索したいと思います。

 いやー、かなり怒ってますね(^^)。それだけこの例会に対する思いも深かったんです。

 ま、その発言をされた方も「人間」ですから、たまたま虫の居所が悪かったのかもしれません。また、我々に渇を入れる意味で、敢えて憎まれ役になったのかもしれません。ですから、今は別に何とも思っていませんし、むしろ、当時の委員会に対して「何度同じ事言わせるんだ!」って言いたくなる気持ちも分かるんです。ただ、やはり、「言い方」って大事だなって思います。相手に届かなければ何の意味も無いですし。私は教育に携わる仕事をしているので、余計そう思うのかもしれません。

 その怒りをバネに変える・・・タイプではないので(アンチ体育会系、アンチ熱血なので)、特に意識せず例会に臨みました。結果、たくさんの親子に来てもらい、「こんな面白いゲームがあったんですね」との言葉もたくさんいただき、大成功を収めました。「やりたいことを一生懸命やり遂げると、こんなにも心地がよいものなのか」と今さらながら実感した例会でした。

 その後、更に事件が起きます。なんと委員長が行方不明になってしまったのです。詳しいことは未だに謎なのですが、とにかく、委員長が急にいなくなってしまったのです。7月例会はどうなる?その後の例会はどうする?ものすごい不安が襲ってきました。そして実際、その不安は現実のものとなり、毎回の理事会や事業を溺死寸前で切り抜ける有様でした。

 委員会なんてまともに開催できませんでしたし、執行部や理事会の意見もほとんど反映されず、お情けで審議を通してもらうことすらありました。「このままじゃいけない」とみんなが感じていましたが、とにかく体制を立て直す間もなく年度が終わってしまいました。

 ただ、今、こうして振り返ってみると非常に多くのことを学んだ年だったと思います。まさに「修行の一年」でした。ボードゲームの例会では、事業を企画する本当の面白さや他の団体とコラボレートすることの大切さを知りましたし、何よりも「委員会をちゃんと開催する」というごく基本的なことがいかに重要であるか骨身に染みて感じることができましたし。
 結局、近道は無いんですよね。地道に委員会での話し合いを重ねて積み上げた例会に勝るもの無し、です。

 その次の年は、初めて副理事長を務めることになりました。副理事長と言えば、委員会の指南役ですから、前年の反省を生かして、「地道にしっかりと委員会を運営する」ために力を注ごうと思いました。

 で・・・やっぱりこの年もドラマがあるわけです(^^)。これだけドラマチックなJC、あなたも入ってみませんか? 

 早くも「内容が拡大とつながっていない」と言われそうな雰囲気を感じていますが、無視して続けます(^^)。

 さて、私の場合、そういうわけで無理矢理入れられたわけではないので、とにかく言われるがまま、何でもやってみようと思いました。なにせ、「修行」ですから。

 早速、知り合いの先輩に誘われて日本青年会議所の委員会に出向しました。今にして思うとよく行ったなと思いますが、当時は何にも分かりませんから、二つ返事です(^^)。行ってみると、「イギリスに視察に行きましょう」「六本木で懇親会ですよー」「会費は一人1万円です」などと当たり前のように言われ、何度となく「そんなに金かかるの!」と驚かされました。

 青年会議所のことをよく知らない方のために簡単に説明すると、私は「福生」青年会議所のメンバーなんですが、福生青年会議所のように各地にある青年会議所のことを「LOM」と呼びます。ローカル・オーガニゼーション・メンバーですね。で、東京にある24のLOMが集まって「東京ブロック協議会」という上部組織を形成し、関東にあるいくつかのブロック協議会が集まって「関東地区協議会」という組織を形成し、さらにさらに、日本にあるいくつかのブロック協議会が集まって「(社)日本青年会議所」を形成しているんです。

 全然簡単じゃないですね(^^)。上部組織が「偉い」というわけではありません。ただ、上部組織ほど、広域からメンバーが集まりますので、見聞を広めるという意味ではメリットが多いと思います。ただ、会議も各地でおこなわれるので旅費もそれなりに掛かりますが・・・。


 さて、私の話に戻しますが、LOMでは一委員として委員会に参加し、その後の懇親会にも参加し、例会にも参加し、ごく普通にJC活動をしていました。

 委員会においては、何を話し合っているのか、何のために話し合っているのか、さっぱりわかりませんから(説明してはもらいましたがチンプンカンプン)、発言を求められても「いいんじゃないですか」しか言えないし、委員会後の懇親会もJC談義ばかりなので、次第に行く気が薄れてきてしまいました。例会は多くのメンバーが集まり、活気もあり、懇親会も盛り上がってそれなりに楽しく過ごしたりもしましたが、それでもトータルすると「JCって予想以上につまらないな~」というのが正直な感想でした。でも私は「修行」に来ているわけですから、「このつまらない活動に我慢して参加する自分はなんて偉いんだ!」と勝手に酔いしれていました(^^)。

 そんな私の第一の転機は、福生の七夕まつりに参画するための特別委員会のメンバーになったことです。私と同世代の若いメンバーで組織され(入江理事長もいました)、福生市からいただいた補助金を使って、市民のために祭りを盛り上げる企画を考えるというこの委員会は、LOMにおいては「若手の登竜門」的な委員会でした。

 経験の無い若手ばかりですから、そりゃ大変です。的確な指示をもらわないのに「任せたよ!」と言われ、そんなこと任されても困るな・・・と戸惑っていると「資料できた?明日委員会やるから来てね!」なんて言われ・・・。結局資料が間に合わずに尻ぬぐいをしてもらったり、とにかく迷惑かけっぱなしでした。

 そして事業計画を説明するため、初めて「理事会」というものに出席しました(JCのすべての事業は理事会で審議し、理事メンバーの賛同を得て、予算が付き、晴れて実行することができるんです)。午後8時に始まり、終わったのは「日付が変わった後」でした。しかも会議時間のほとんどは自分たちの案件とは関係ない議題ばかりで、修行とは言え、長い話と長い会議が大嫌いな私にとっては、一気にテンションが下がる出来事でした。

 ただ、これで辞めるのはあまりにも情けないということで、いろんな方に助けてもらってなんとか七夕祭りを終えることができたわけですが、その開放感たるやそれまでに味わったことのないものでした。先輩メンバーにも「野口君、よくがんばったね」とほめられ、いい気分にもなり、「JCって楽しいかも・・」と思い始めました。ただ、残念なことに私は根っからの面倒くさがりで、根性なしで、疑り深い性格なので、ここで火がつくことはなく、「今回ものすごーく修行したから、しばらくは普通にJC活動しよう」と決め、再び委員会を適度にサボる「ヌルいJCライフ」に戻りました。

 あ、「転機」になってない!?気にせず続けます。

 翌年、副委員長に抜擢され、初めての理事メンバーとなり、議決権を持つようになりました。なんとなく責任も感じ、また、理事会で自分の意見を言うことの難しさと面白さを感じた一年でした。「JCやるなら理事メンバーになれ」と誰かが言っていましたが、確かにこの理事会は本当に勉強になりました。人に思いを伝える難しさ、目的を持って事業を進める大切さ、予算の考え方等々、JC以外でも役に立つたくさんのノウハウを覚えたように思えます。

 そしてその翌年。第二の転機がやってきます。ホントです(続く)。

さて、このブログの更新もこれで最後です。一年間、お付き合いいただきまして本当にありがとうございました。12月の広報誌に熱い思いを書きましたので(^^)、良かったらご覧下さい。

一年間、理事長という役職を皆様方のご支援のお陰で、何とか無事に務めきることができました。心より感謝申し上げます。私は普段、幼稚園の園長をしておりますが、仕事とはまた違う面白さ、やりがい、難しさ、感動があり、本当にたくさんの経験をさせていただき、たくさんの人生の糧をいただきました。

いただいたもの以上にメンバーや地域にお返しできたのかと問えば、なかなか思い通りにはいかず、ご迷惑をおかけしたり、ご期待に添えなかったりしたかと思います。まったくもって私の不徳の致すところであり、今後の活動の中で少しでもお返しできるよう精一杯努める所存ですので、ご容赦いただければと思います。

青年会議所は単年度制ですが、それは一年一年がぶつ切れになることを意味するのではありません。2008年度から受け継いだものに、2009年度で学んだたくさんのことをプラスして2010年度にしっかりと引き継いでいきたいと思います。今後ともよろしくご指導下さいますようお願い申し上げます。

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年末恒例の大掃除をおこないました!

総務のメンバーが中心となってがんばってくれました。メンバーみんなが使う事務局。事務局を見れば、福生青年会議所のレベルが分かると言っても過言ではないでしょう。「誰かが」綺麗にしてくれるのではなく「自分が」綺麗にするという意識をもってこれからも美化に努めましょう!

業者さんによるフロア磨きとエアコン清掃もおこない、ピッカピカになりました(^^)。この状態をいかにしてキープするか!がんばりましょう(^^)

そして、事務局の窓には一際目を引くサインが貼られました。

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目隠しの意味もありますが、何よりも「ここに自分たちの事務局がある!」とPRするのが一番の目的です。

 

大掃除が終わり、その後、総務広報委員会の打ち上げに参加してきました。大串副委員長の見事な仕切りで、感謝・感激・感動の打ち上げとなりました。皆さん、本当にお疲れ様でした!

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今年度、LOM内最後の公式行事となる通常総会が華膳にておこなわれました。

理事長所信を始めとする2010年度の方向性を示した各種案件が無事に承認されました。

'09年度も終了まであとわずか。しっかりと'10年度につないでいきたいと思います。

「最後の」が続きますね。何だか少し、寂しいような気もします。

今年度最後の会員会議所会議が八王子の地で行われました。

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秋間会長の「ここからが出発点」という言葉が印象に残りました。単年度制のJCだからこそ、今年度の成果をしっかりと次年度に引き継がなければならないと、改めて認識しました。

埴村直前会長からは、メンバー減少の中、必死に頑張っている若手メンバーを支えてほしいとのお願いがありました。次代を引き継ぐメンバーをいかに育てていくか、これもまた喫緊の課題です。

議事そのものはスムーズに進み、各LOMの理事長から一言ずつ挨拶をする機会があり、私も緊張しながら「感謝」の気持ちを述べさせていただきました。どの理事長さんもそれぞれのLOMでしっかりと役職を果たしたのでしょう。その顔には自信と喜びと感謝があふれていました。

そして、明日から、Team09有志が対馬に行きます。行けないメンバーも心はひとつ。問題意識を持って今後、行動に移していければと思っています。

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いよいよ今年度最後の例会となりました。

12月例会は毎年恒例の「クリスマス例会」となっています。一言で説明するのが難しいのですが、要するに「メンバーの家族も一緒にクリスマスパーティを楽しもう!」ということであります(^^)。

もちろん、ただのパーティではなく、途中で私たちの一年間の活動をスライドで振り返ったり、また、一生懸命活動したメンバーを表彰したり、そして最後には今年40歳を迎えて青年会議所を巣立っていく卒業生のための式典があり・・・という「特別なパーティ」なのです。

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↑バルーンアートにみんなで挑戦しました(ハンパ無く難しいのです!)。司会の品川さん、サンタコスプレ、ありがとうございました(^^)。

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↑最優秀新人賞を受賞した鳥居委員長。おめでとうございます。「えっ、まだ新人だったの!」という声もありましたが、歴とした新人なのです。

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↑今年の最優秀JC賞は濱田委員長。委員長・委員会の「横の連携」を築いた仕掛け人。文句なしの受賞です。

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↑11月にいただいたばかりのプレジデンシャルリースが入江次年度理事長に引き継がれました。実際の重さ+歴史と伝統の重みを感じつつ、新たな福生青年会議所の歴史を作ってくれるはずです。がんばれ!入江次年度!!

 

そして、卒業式。

今年は宋清洙君、中村潤君、武藤寿信君がご卒業されます。ご卒業、本当におめでとうございます。

在籍19年という大ベテランで、JCの生き字引と言われた宋君、本当にお疲れ様でした。

中村君は残念ながら欠席でしたが、その剛胆さ、気っぷの良さはメンバーの記憶に強く残っています。

今年度、監事を務めた武藤君、暖かく見守りつつも「言うときは言う」という難役を見事にやりきって下さいました。

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本当に、本当にありがとうございました。そして、ご卒業おめでとうございます。


サプライズとして、安里会頭からのビデオメッセージを流し、さらにサプライズでメンバー全員で「Let It Be」の替え歌を合唱しました。

せっかくなので歌詞を載せますね。

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宋さんと言えば
青年会議所の
登録年数
ダントツ〜

わからないことがあれば
いつもきいてくれた
宋さんならば
わかる

19年
JC
ホントに
お疲れさまです

心の底から、ありがとう〜

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中村さんと言えば
ゴルフが上手くて
麻雀ハンパ無く
強い

後輩のメンバーには
とても優しくて
頼りになる
先輩〜

後輩へ
気づかい
いつも
ありがとう

とても感謝、してます〜

----

武藤さんと言えば
旅行代理店業
チケットはいつも
割引〜

自分が苦しくても
常にまわりに
思いやりをもって、
言った〜

お疲れさん
がんばろう
みんななら
大丈夫

なんども励まして、くれた〜

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いままでも
これからも
JCの同じ仲間です

ホントに誇りに、思います〜

宋さん
中村さん
武藤さん
卒業です

いままでお疲れ、さまです〜

最後に
三人に
おくる
言葉は

いままでありがとう、ございます〜

lyrics by Eros Rivers

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いいですね。合唱。グッと来ますね。リバース君の歌詞も良かったです。

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↑あ、ピアノの伴奏も良かったですか?そうですか、そうですか(^^)。

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苦労した分だけ、感動もある。卒業式ってやっぱりいいですね。

 

各委員会の打ち上げがおこなわれ始めています。

光栄にもお声を掛けていただき、顔を出しています。

一年間、苦楽を共にした仲間と、お互いの努力を認め合い、酒を酌み交わし、大いに語る。やっぱり「委員会」っていいなあと思います。

「委員長、お疲れ様!」と委員会メンバーから言われる。やっぱり「委員長」っていいなあと思います。でも、一年間、先頭に立って波風を受けながらも委員会を引っ張っていったからこその評価です。本当にお疲れ様でした。

私自身、初めての委員長の時にはたくさんの悔いを残してしまったので、今年の委員長さんには何としてもそんな思いをさせないように、「委員長やって良かった!」と言ってもらえるようにと願っていましたが、その思いが通じたようで理事長としても、本当に、本当に嬉しい限りです。

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↑委員会メンバーから花束をもらう濱田委員長。となりは佐々木副委員長。「顔が輝く」って、まさにこのことですね(^^)。